名古屋高等裁判所金沢支部 昭和58年(う)66号 判決 1983年11月08日
被告人 内藤伊兵衛
大一〇・六・二八生 農業
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役八月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
被告人から金一〇万円を追徴する。
理由
本件控訴の趣意は名古屋高等検察庁金沢支部検察官中野林之助名義の控訴趣意書提出書に別紙として添付された福井地方検察庁検察官朝倉安蔵名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護人加藤禮一、同加藤茂樹連名の答弁書に、それぞれ記載してあるとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。
論旨は要するに、原判決が被告人から原判示の受供与金一〇万円を追徴しなかつたことは違法である、すなわち、原判決は、被告人が本件受供与金一〇万円を福井朝日町農業協同組合糸生支所に定期貯金として預金した事実を認定しながら、右預金が新規に開設されたうえ、その後預金が追加されていないこと等を理由として、右定期貯金を中途解約して払戻を受けた元利金一〇万一四三円と右受供与金との間に同一性が認められるものと解し、被告人が右払戻金をそのまま供与者である原判示山崎仙次に返還したから、も早や被告人から右受供与金一〇万円を追徴することはできなくなつたと判示して、被告人から受供与金一〇万円の追徴をしなかつたけれども、右受供与金は預金と同時に特定性を失い、これを没収することが不能となるに至つたもので、右定期貯金の解約、払戻によつてその特定性が回復するなどと解することは到底できないのであるから、右没収不能となるに至つた時点において受供与金の利益を享受していた被告人から追徴すべきものであるのに、右の法理を否定した原判決は公職選挙法二二四条の解釈適用を誤つたもので、右誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない、というのである。
所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、原判決は、原判示受供与金につき所論のとおりの定期貯金預入とその中途解約、払戻、それに続く払戻金の供与者への返還の事実を正しく認定しながら、所論のとおりの理由を説示して受供与金と同額の一〇万円を被告人から追徴しなかつたことが明らかである。
しかしながら、受供与金銭は、新規に口座を開設したかどうか、その後追加預入や一部引出等が行われて増減したかどうかにかかわりなく、預金として預け入れると同時に、受入金融機関側の手持金銭中に混入してその特定性を失うに至ることは明らかであるのみならず、本件においては、被告人は受供与金を自己のために定期貯金として預け入れ、果実である利息を生ずる定期貯金債権を取得し、正に受供与金をその本来の用法に従い費消することによつて、その同一性の識別を不能ならしめたものというべきである。この理は、右の特定性、同一性の有無を判断するうえからは受供与金を他の一般人に相当の利息の支払を受ける約定で貸し付けた場合となんら選ぶところがない。したがつて、本件一〇万円の受供与金については、費消によつてその特定性を失い、同一性の識別が不能になつた時点における受供与利益の享受者である被告人から、これと同一金額を追徴すべきものと解するのが相当(最高裁判所昭和三二年一二月二〇日判決刑集一一巻一四号三三三一頁、最高裁判所昭和三七年五月一日判決刑集一六巻五号四七〇頁参照)で、その後の定期貯金の解約・払戻金の供与者への交付は右追徴の要否に影響を及ぼさないものというべきであり、原判決の挙示する名古屋高等裁判所金沢支部の判決(刑裁月報四巻七号一二九二頁)は単なる両替の場合に準ずる事案であつて、本件に適切でない。
しかるに、右法理と異なり、原判示の理由により被告人から受供与利益一〇万円を追徴しなかつた原判決は公職選挙法二二四条の解釈を誤つたもので、右法令解釈の誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に則り当裁判所において更に判決する。
原判決の認定した犯罪事実にその挙示にかかる法令を適用(刑種の選択を含む。)して被告人を懲役八月に処し、情状により刑法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原判示受供与金一〇万円は没収することができないので、公職選挙法二二四条によりその価額一〇万円を被告人から追徴することとする。
以上の理由により、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉浦龍二郎 石川哲男 松尾昭一)